第31話 路上で…… トルマリン
二十代半ばの頃でした。当時西新宿で働いていて、中野に住んでいました。
早く仕事が終わると、青梅街道をとぼとぼ歩いて帰ることがよくありました。

 ある日青梅街道から中野通りの方に曲がってしばらく歩いてくると、向こうから知合いの初老の男性が歩いて来ます。
前いた会社で一緒だった人で仮にIさんとしておきます。

 もう夕暮れ間近で、小雨が降出していたような気がします。
少しばつは悪かったのですが、声を掛けようかと思いました。
 しかしその時のIさんは今にも泣出しそうな顔をして俯いています。
大方営業で失敗して客の所へクレーム処理か何かで行くとこなんだろう、勝手に想像してそのままやり過ごしてしまいました。
Iさんのいる会社は水道橋にありました。

 それからしばらくして、前の会社の連中がたむろしている四谷のスナックに行ってみることにしました。
Iさんのことも気になったし、これを機会にばつの悪さを解消しとこうと思って……、つまり円満な辞め方ではなかったので……。

 スナックに行くと、果たして連中がいました。
挨拶をして一杯引っ掛けた所で、この前Iさんに会ったよと言うと、先輩の一人がきょとんとした顔をして、
お前何言ってんの、そんなこと絶対に有り得ないと言うのです。
 そして、Iさんなら一年前に亡くなったよ、俺葬式行ったけど、髪が真っ白になっちゃって……。

 他人の空似というのは確かにあるでしょう。しかしあの時私の前にいたのは、Iさんとしか……。
 辞める少し前にIさんと大喧嘩して、その後配置換えになり、それがもとでその会社を辞めたようなわけで、Iさんは私に何か言いたかったのかもしれません。


第32話 出羽三山にて…… トルマリン
 私が初めて霊的な体験をした時の事を書きます。
二十代の半ばに差し掛かる頃のことでした。
友人のKと二人して夏休みにどっか行こうということになりました。
Kとは田舎の高校以来の友人で、当時二人とも高田馬場の方にある大学の、Kは昼間の文学部、私は夜間の文学部に通っていました。
 私は昼間働いていて忙しいので、旅行計画の方はKに任せていました。
彼は周遊券を買って、北陸から東北の方へ回ろうと言うのです。直ぐにOKして出掛けました。

 最初新潟で降り、安吾の文学碑を見て、夕方山形の鶴岡市へ入りました。
Kが月山という森敦の小説が面白かったと言うので、
翌朝一番で出羽三山(羽黒山、月山、湯殿山)に登ってみようということになりました。

 観光案内には、羽黒山の方から登るのが作法と書いてありましたが、それは後で気づいたことで、湯殿山の方から山に入りました。湯殿山の神社に写真撮影禁止の看板があったように記憶します。何故だろう?とその時は思ったのですが…。

 山道を歩きながら休憩する度に、Kのカメラで自動シャッターで写真を撮りながら歩きました。
途中休憩所で薬湯を飲ませてもらったりして、月山の山頂の小さな鳥居の所にたどり着く頃には、
随分と霧がたち込めて賽の河原みたいになりました。
 鳥居の下に立って、近くにいた人にシャッターを押してもらい、羽黒山の方に下りて行きました。
羽黒山神社で記念撮影して旅のスケジュールは終わりました。

 東京に帰って一週間ほどしてから、Kから連絡がありました。
写真現像したんだけど…、ちょっと来てくれる…。
 Kのアパートに行き写真を見ると、道々撮った写真に二人の肩の所に丸やゾウリムシ型の半透明な何かが写りこんでいます、
ほとんどすべての写真に(近頃ではオーブと言うみたいですが)。
 圧巻は月山で撮った写真でした。
何十もの丸い半透明の中に、よく見ると人の顔があるのです……。
また羽黒山で撮ったのには、赤い何かが写っていました。
 Kは自分でお経を唱えながらこれらの写真を焼いたそうです。
彼とはその後疎遠になりましたが、思えばこの経験以後私はいろいろと不思議な目に会う様になったような気がします。


第33話 借家にて…… トルマリン
 夜中に、自分の心霊体験を書いて心霊サイトに投稿するというのも何だか怪談じみてますが、
また一つ思い出したので書きます。やはり二十代で中野に住んでいた時の話です。

 私が借りていたのは、ある敷地の広いお宅の庭に建っていた離れの家で、
家賃は安く敷金礼金なし、都心で一戸建て、夜などほとんど物音一つしないという自分にとっては申し分のない環境にありました。
 入居して直ぐの頃大家の爺さんが、
私の前に大学生が入ったが10日くらいでノイローゼになって親が連れに来た、とか立ち話しているのを小耳に挟みましたが、
別に気にしなかったし、天井に髑髏の横顔みたいなシミがあったのもただの偶然と、何とも思っていませんでした。
また同じ職場の霊感のある人を連れてきてお酒を飲んだ時に、
裏は墓場みたいねと言われても(実際には墓なんかなかった、昔はあったのかも)笑って済ませていました。

 例の出羽三山の体験をした同じ夏だったか、その次の夏だったか記憶は定かではありませんが、
夏のある夜金縛りにあいました。
 体は痺れた様で動かず、目だけは動かすことが出来ましたが、床の間の壁に変な生き物がいます。
ムカデと蜘蛛をミックスしたような形で、機械的な律動で左右の多くの足を動かして壁を登って行きます。
 しばらくして金縛りが解けたので、ぱっと起き上がって蛍光灯をつけました。何も居ません。

 それから何日たったのか、疲れて寝ているとまた金縛りの予感がしてきて、ああまた来る、厭だな……、
すると玄関の鍵がカチッと開く音がしました。
おい、止めてくれよ、俺は何にも見たくないよ……、誰かが上り框に上がって来る気配がします。
 私が寝ている六畳間と玄関は開き戸一つで隔てられてるだけで、夏だから半分は開けていました。
見たくはなかったのだけど、気配のする方へ私の視線は引き付けられていました。
 真っ黒い影法師でした。
形から察するにどうも若い女性のようです。それが戸の陰からこちらを伺っています。ああ、厭だ厭だ……。
 そのうちに寝てしまったのでしょう。朝起きて玄関の鍵を見ると、鍵は閉まってはいました。
 私の前に住んでいたという大学生、彼もきっと何かの訪問を受けたのかもしれません。


第34話 夜中に突然… トルマリン
 今年の七月の終わり頃のこと。
 私の家の玄関にはセンサー式のライトが取り付けられています。玄関と言っても、家の建物の中です。
このライトは私が使っている洋室を出入りする時か、玄関のドアを誰かが出入りする時にしか、点灯しません。
いや、しないはずです。しかし…、その夜ネットサーフィンをしていた午前一時半頃、突然そのライトが点灯したのです。
もちろん家族はみんな寝ていて、誰もセンサーの範囲内に入ったものはいません。
ぞーっとして鳥肌が立ち、いつまで経ってもそれが消えません。
きっと虫かなんかの勢だ、朝まで眠れなかった夜明け、センサーの前で棒を振ってみましたが、センサーは反応しませんでした。
以来そのセンサー式ライトのスイッチを入れることは、ほとんどなくなりました。

第35話 

第36話 

第37話 

第38話 

第39話 
第40話